X

今月の本:井上雅雄『戦後日本映画史 企業経営史からたどる』

この4月に、メディアスタジオのライブラリーに新しく入った書籍の中から、井上雅雄『戦後日本映画史 企業経営史からたどる』の紹介をします。

タイトルにあるように、この本は、戦後日本映画史を語る視座として、映画業界の企業経営の視点が徹頭徹尾、貫徹されています。日本の映画研究という分野が、作品論・作家論などのテクスト分析を中心とした表象論的アプローチが中心である中、労働経済学を専門とする井上雅雄先生による、社会経済史的・経営史的視点は、数々の新しい発見に成功しています。

同書巻末の谷川建司氏の解説にもあるように、例えば、映画製作費に占める、人件費の割合が5割に近く、原作や脚本に要する費用が4.5%でしかないのは、他の業界に比べても、いかに特異な労働集約的性格を持つか、という指摘があります。

また、映画は買い手(観客)にとっては、観て初めて商品価値がわかるという極めて売り手(映画会社)と買い手の情報格差が大きい、双方にとってリスクの高い商品である、といった指摘もあります。アウトサイダー的視点ならではの、これまでの映画研究では、なし得なかった気づきであると、前出の谷川氏は述べています。

一方、映画業界の企業経営の視点には、商品研究としての作品理解も必要です。小津安二郎監督の『浮草』は、松竹蒲田の『浮草物語』のリメイク版として製作された映画ですが、両者の違いをその現場の性格の違いから説き起こす手法などに鮮やかな手際が見られます。    

AI技術の発展により、一人で映画が作れる時代も近づいているといいます。映画を取り巻く経済の形はこれから、ますます大きく変貌を遂げることでしょう。1950年代、映画流通の一つのピークの形を知ることは、コンテンツ制作をする上でも大きく視野が広がるのではないでしょうか?

是非、ご一読を。

(山内隆治)

Categories: ニュース
MS_WP_yjimmine:
Related Post